サカナクションのフロントマンとして、常に日本の音楽シーンを牽引し続ける山口一郎さん。
エレクトロニカとロックを見事に融合させた独自のサウンドは、私たちにいつも新しい景色を見せてくれます。
近年はうつ病での休養と復帰を赤裸々に語る姿が話題を呼びましたが、彼が抱える困難はそれだけではないようです。
ネット上でも度々検索されている「幼少期からの病」や、音楽家にとって命とも言える「耳の病気」。
今回は、山口さんが長年にわたって向き合い続けている「群発頭痛」と「突発性難聴」について、ご本人の発言や報道をもとに丁寧に紐解いていきます。
- 山口一郎さんの病と闘いの軌跡
- 小学生時代:激しい運動をきっかけに「群発頭痛」を初発症
- 上京後:専門医の診察により正式に群発頭痛と診断される
- 2010年春:ツアー直前に「突発性難聴」を発症し、右耳の聴力をほぼ喪失
- 2022年:体調不良(うつ病)によりバンド活動を休止
- 2024年11月:自身のSNS等で群発頭痛の数年ぶりの再発を報告
小学生時代から続く壮絶な痛み「群発頭痛」との闘い

山口さんが抱える病のひとつであり、「幼少期からの病」としてファンにも知られているのが「群発頭痛(ぐんぱつせいずつう)」です。
この病気は「世界三大激痛」に数えられるほど、すさまじい痛みを伴うとのこと。
片側の目の奥やこめかみ周辺をキリでえぐられるような、あるいはご本人の言葉を借りれば「小人が目の裏から針で突いてくるような」耐えがたい激痛が襲うそうです。
一度発作が始まると、それが1日に何度も起き、数週間から数ヶ月にわたって連日続く「群発期」を繰り返すのが大きな特徴として知られています。
山口さんがこの病気を最初に発症したのは、なんと小学生の頃まで遡ります。

当時のエピソードとして、鬼ごっこで全速力で走った後、突然右目の奥が心臓の鼓動に合わせて激しく痛み出し、鉄棒の陰でうずくまって吐いてしまったことが語られていました。
子供時代は原因すらわからず、ただひたすらその痛みに耐えるしかなかった日々。
上京してようやく専門医に巡り会い、正式な病名と診断がついたそうです。
2024年11月にも、数年ぶりに群発期に入ってしまったことを自身の口から報告されています。
「あまりにも残酷」と心境をこぼす姿に、思わず胸が締め付けられました。
幼い頃から得体の知れない激痛と隣り合わせで生きてきた経験は、どれほどの孤独と恐怖を彼に強いてきたことでしょう。
しかし、その壮絶な痛みを幾度も乗り越えてきた強靭な精神力こそが、彼の紡ぎ出す深く繊細な音楽の根底に流れているのだと、私は感じずにはいられません。
治療薬の入手困難と現在進行形の治療状況

群発頭痛の痛みを抑える治療薬として、「イミグラン(スマトリプタン)」という点鼻薬が広く用いられています。
山口さんもこちらの薬を使用し、信頼できる医師と相談しながら対処療法を続けてこられたそうです。
しかし、一部メディアの報道によると、2024年11月の再発時にはこの薬が出荷停止などの影響を受け、極めて入手困難な状況に陥っていたとのことです。
いつ襲ってくるかわからない激痛に対し、頼みの綱である特効薬が手元にない恐怖は、健康な人間には到底計り知れません。
薬が効かないほどの痛みに襲われ、音楽制作のペースをどうしても落とさざるを得ない日もあると語られています。
それでも彼は、ラジオ番組やSNSを通じてご自身の苦しい状況を隠すことなく発信し続けています。
これは単に同情を求めているのではなく、目に見えない病気と闘うすべての人たちの苦しみを代弁し、社会全体の理解を深めようとする彼なりの優しさと誠実さの表れではないでしょうか。
2010年に発症した「突発性難聴」と右耳の聴力喪失

もうひとつ、山口さんの音楽人生を語る上で絶対に避けて通れないのが「突発性難聴」です。
ネット上では群発頭痛と混同され「幼少期から耳が悪かった」という噂も散見されますが、こちらは大人になってから、具体的には2010年の春に発症したものです。
ある日突然、激しいめまいと耳鳴りに襲われ、右耳がほとんど聞こえなくなってしまったとのこと。
当時は全国ツアーの直前という過酷なタイミングであり、医師からは即座に入院を強く勧められたそうです。
しかし、並々ならぬ責任感を持つ彼はライブの開催を強行し、その結果として右耳の聴力の大部分を失うことになってしまいました。
現在も右耳は「低い音がわずかに聞こえるかどうか」という厳しい状態だそうです。
繊細な音の調整やミックス作業などをひとりで行うことは難しくなり、バンドメンバーの耳に頼る場面が大きく増えたと語られています。
早期に適切な治療を受けていれば、もしかすると結果は違っていたのかもしれません。
ただ、この後戻りできない喪失を機に、すべてを背負い込むスタイルからメンバーを頼る形へと変化し、結果としてサカナクションというバンドの結束がより強固なものになったという事実に、不思議な巡り合わせを感じてしまいます。
まとめ:病という試練が深めた山口一郎の音楽表現
山口一郎さんが長年向き合っている、二つの過酷な病気について改めて整理してみましょう。
| 病名 | 発症時期 | 主な症状と影響 | 音楽活動への影響 |
|---|---|---|---|
| 群発頭痛 | 小学生時代(幼少期) | 目の奥をえぐるような周期的な激痛、特効薬の不足問題 | 激痛時は制作や活動のペースを落とさざるを得ない |
| 突発性難聴 | 2010年春(成人後) | めまいや耳鳴り、右耳の聴力をほぼ喪失 | 音の確認をメンバーに頼るなど、制作スタイルの変化 |
うつ病という心の病に加え、こうした壮絶な身体的苦痛とも闘いながら、彼は今も私たちの前でステージに立ち続けています。
深い「痛み」を知り、取り戻せない「喪失」を経験している人間だからこそ、紡ぎ出せる言葉やメロディが確実にあるのだと思います。
満身創痍でありながらも、そのすべてを表現の一部へと昇華させていく彼の姿には、単なる天才という言葉では片付けられない不屈の魂を感じます。
これからも彼の体調を心から案じつつ、届けてくれる一音一音をより一層大切に噛み締めて聴いていきたいと、いちファンとして強く願っています。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
おくやま管理人の「有為之おくやま」です。
記事をまとめながら、言葉を失いました。 「世界三大激痛」に耐え、片耳の聴力を失い、うつ病とも戦う。 満身創痍の中で音楽を届けてくれる彼は、ただの天才ではなく、不屈の精神を持った「努力の人」なんですね。
彼がステージで見せる笑顔の裏には、想像を絶するドラマがある。 これからはもっと大切に、一音一音を噛み締めて聴きたいと思います。
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