CANDY TUNEのメンバーとして、2025年のNHK紅白歌合戦初出場を果たし、一躍時の人となった立花琴未(たちばな ことみ)さん。
グループ内では「絶対的エース」と呼ばれ、その圧倒的なビジュアルと表現力で多くのファンを沼に落としていますよね。そんなキラキラした彼女ですが、実は福岡県北九州市という地方都市で、ひたむきに努力を重ねてきた過去があるのをご存知でしょうか?
今回は、彼女がどんな場所で育ち、なぜアイドルを目指したのか。
公式情報やインタビュー、ファンの間での目撃情報を整理し、実家や幼少期、学歴(永犬丸・折尾エリア)を中心に、彼女のルーツを紐解いていきます!
幼少期:北九州市の実家で育った「バレエ一筋」の少女

立花琴未さんの物語は、2002年5月25日、福岡県北九州市から始まりました。
実家は北九州市内の閑静な住宅街にあるようです。ご家族については一般の方なので詳細は伏せられていますが、SNSやイベントでの発言からは、とても温かい家庭環境が伝わってきます。
2024年の生誕イベントにはわざわざご家族が駆けつけたり、ドキュメンタリー動画では家族への感謝を涙ながらに語ったり…。こうした愛のある環境が、今の彼女の愛されるキャラクターを作ったのは間違いなさそうです。
6歳から始まったダンス漬けの日々
彼女の幼少期を語る上で外せないのが、6歳から始めた「バレエ」と「ダンス」です。
北九州市といえば工業地帯のイメージが強いですが、実はバレエやダンススクールが多く、芸術活動が盛んな街でもあります。立花さんはその環境の中、小学校から高校2年生までの約10年間、特に「モダンバレエ」に没頭していました。

これ、単なる習い事レベルではありません。「バレエで培ったしなやかさが武器」と本人も語る通り、今のパフォーマンスの基礎はこの時期の猛練習で叩き込まれたもの。実家近くの教室で毎日汗を流した日々が、後の芸能界入りへの大きな伏線となっていたんですね。
また、北九州市ならではの「お祭り好き」な地域性も、彼女がダンス好きになるきっかけの一つだったのかもしれません。
小学校・中学校時代:永犬丸エリアでのストイックな生活

小学校は、北九州市内の公立校に通っていたようです。当時はかなりの「テレビっ子」で、キラキラしたアイドルや芸能界に密かな憧れを抱いていたんだとか。
そして中学へ進学。ここで浮上するキーワードが「永犬丸(えいのまる)」です。
これは北九州市八幡西区の地名で、地元の方々の話やこれまでの情報を総合すると、永犬丸中学校(もしくはその近隣校)に通っていた説がかなり濃厚です。
部活に入らずバレエに捧げた青春

このエリアは住宅が多く、実家から通いやすい落ち着いた環境です。
驚くべきは、中学時代の過ごし方。彼女は学校の部活動には所属せず、放課後の時間をすべてバレエに捧げていました。
モダンバレエは、クラシックバレエよりも感情表現が求められるジャンル。多感な時期に「自分をどう表現するか」を問い続けた経験が、今のCANDY TUNEでの「憑依型」とも言える表現力に直結しているのでしょう。
周りの友達が部活で青春している間も、一人ストイックにレッスンに向かう。そんな努力家な一面が、この頃からすでに完成されていたんですね。
高校時代:折尾高校で訪れた運命の転機

高校は、地元でも伝統のある福岡県立折尾高校(偏差値49〜51程度)へ進学したと言われています。
キーワードの「折尾(おりお)」はこの高校のこと。1918年創立の歴史ある学校で、地域では中堅の共学校として知られています。
ここでも彼女は「帰宅部」を貫き、バレエとダンスに専念。そして高校2年生の冬、運命を変える出来事が起きました。
地元・福岡市で開催されたダンスコンテストでの優勝です。
「やりきった」からこその決断

実はこの頃、彼女の中で一つの区切りがついていました。
「バレエでの目標は達成した」
そう感じてバレエを辞めたものの、心の中に残ったのは「やっぱり人前で踊るのが好き!」という熱い想い。
コンテスト優勝をきっかけに、その想いは「アイドル」という次のステージへ向かいます。
17歳頃、彼女は大きな決断をしました。住み慣れた北九州の実家を離れ、単身上京することを決めたのです。
学歴のその後とアイドルへの道

上京にあたり、折尾高校から東京都内の高校(芸能コースや通信制などが有力)へ転校したと考えられます。ネット上では「中退?」なんて噂もありましたが、公式プロフィールではしっかり「高校卒業」となっているのでご安心を。
大学進学に関する情報はなく、高校卒業後は芸能活動一本に絞ったようですね。
- 元AKB48・渡辺美優紀プロデュース「Ange et Folletta」に参加
- 「アフィシャナドゥ」での活動
- 2023年、CANDY TUNE結成
この経歴を見ると、とんとん拍子に見えるかもしれませんが、その裏には地方から出てきて戦い続けた「ド根性」があります。バレエという「静」の芸術から、アイドルという「動」のエンタメへ。表現の場を変えても、彼女の芯の強さは変わりません。
まとめ:北九州から全国へ!立花琴未の魅力の源泉
立花琴未さんが「絶対的エース」として輝ける理由。それは、才能だけではありません。
- 北九州市の実家と温かい家族の支え
- 永犬丸エリアで培ったストイックな精神
- 折尾高校時代に決断した「プロとしての覚悟」
- 10年間のバレエ経験による圧倒的な基礎力
これらが複雑に絡み合って、今の彼女を作っています。
紅白出場で初めて彼女を知った方も多いと思いますが、この生い立ちを知れば知るほど、応援したくなりませんか?
地方のバレエ少女が、夢を掴んで全国のステージへ。
今後、モデルや女優としても活躍が期待される立花琴未さんから、ますます目が離せません!
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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