日本のお笑い界のトップに君臨し、70歳を超えた現在も数多くのレギュラー番組で私たちに笑いを届けてくれる明石家さんまさん。
テレビで見せる底抜けに明るいキャラクターが印象的ですが、実はその裏側で、何度となく死の淵から「命拾い」をしたという凄まじい経験を持っているそうです。
今回は、日本中を震撼させたJAL123便の事故やホテルニュージャパンの火災など、彼の人生を彩る運命的な出来事と、そこから生まれた生き方の真髄について紐解いていきます。
JAL123便墜落事故における運命の分かれ道|全日空(ANA)便への変更経緯

彼のこれまでの人生を語る上で欠かせないのが、1985年8月12日に起きた日本航空123便(JAL123)墜落事故でのエピソードです。
この事故は、羽田発大阪行きのボーイング747型機が群馬県上野村の御巣鷹山に墜落し、520名もの尊い命が失われた歴史に残る大惨事として広く知られています。

一部メディアの報道や当時の記録によると、さんまさんは毎週月曜日に大阪のラジオ番組『MBSヤングタウン』に出演するため、まさにこの18時12分発のJAL123便を「いつもの便」として利用していたとのことです。
- 1985年8月12日日中:フジテレビ『オレたちひょうきん族』の収録に参加。
- 同日夕方:予定より早く収録が終了する。
- 同日夜:普段利用していたJAL123便から、一つ前の全日空(ANA)便へ予定を繰り上げて大阪へ向かう。
- その後:乗るはずだったJAL123便の墜落事故が発生。
事故のニュースが流れた際、普段の行動パターンを知るスタッフたちの間では「さんまも乗っているかもしれない」と情報が錯綜し、大パニックになったそうです。

ほんの少し仕事が長引いていたら、全く違う運命を辿っていたかもしれないという事実に、背筋が凍る思いがしますね。私たちが何気なく過ごしている日常のスケジュールも、見えない運命の糸で紡がれているのだと、深く考えさせられずにはいられません。
御巣鷹山の事故が与えた影響|現在も続く「飛行機に乗らない」生活への決意

この御巣鷹山の悲劇を境に、さんまさんは東京と大阪間の移動手段を完全に新幹線へと切り替えました。
| 項目 | 事故以前の状況 | 事故以後の変化 |
|---|---|---|
| 主な移動手段 | 飛行機(JALなどの定期便を頻繁に利用) | 新幹線へ完全移行(飛行機には乗らない) |
| 心境や行動 | 日常的なスケジュールとして淡々と移動 | 「生かされている」という強い意識の芽生え |
現在に至るまで「飛行機に乗らない」生活を徹底しているのは、当時の出来事がどれほど深く心に刻まれているかを物語っています。
後年、テレビ番組でこのエピソードがドラマ化された際、ご本人は「生かされてんのやと思って、そこから飛行機乗れなくなってしまった」と静かに振り返っていたとのことです。
単なる恐怖心だけでなく、犠牲になった方々への思いや「自分が助かった意味」を背負い続けているからこその決断なのでしょう。彼の底抜けの笑顔の裏にある、抱えきれないほどの重い記憶に触れると、胸が締め付けられるような感覚を覚えます。
坂本九さんとの知られざる絆|弓道場での出会いと座右の銘に重なる死生観

このJAL123便の事故では、国民的歌手である坂本九さんも搭乗しており、帰らぬ人となってしまいました。
実は、さんまさんと坂本さんには、テレビの画面越しでは伝わらない深い繋がりがあったそうです。
二人が初めて出会ったのは1970年代、京都の弓道場でのことだったと言われています。偶然の出会いから、落語家時代だったさんまさんは坂本さんに強い憧れを抱くようになったとのこと。

その後、1980年にはテレビ番組『スター千一夜』で共演を果たし、親交を深めていたそうです。
事故の第一報が入ったラジオ収録中、さんまさんは坂本さんの無事をただひたすらに祈っていたと伝えられています。
幼い頃に列車事故で間一髪命拾いをした経験から「いつも笑顔でいよう」という哲学を持っていた坂本さん。その真っ直ぐな想いは、奇しくもさんまさんの座右の銘である「生きてるだけで丸儲け」と強く重なり合っています。
死の淵を覗いた者同士だからこそ通じ合う、命に対する深い敬意が二人の間にあったのではないかと推察せずにはいられません。
ホテルニュージャパン火災を回避した逸話|直感と決断がもたらしたもう一つの危機回避

彼にまつわる強運のエピソードは、飛行機事故だけではありません。
1982年2月に発生し、33人が犠牲となった「ホテルニュージャパン火災」でも、その並外れた直感が危機を未然に防いでいたという逸話が残されています。
当時、吉本興業は東京での定宿としてこのホテルニュージャパンを利用していたそうです。
しかし、さんまさんはホテルに対して「廊下で霞がかかっているように見える」「部屋の空気の回り方や音が気持ち悪く、寝つきが悪い」と強い違和感を覚えます。
そして、なんと自ら「追加料金を出すから宿を代えてくれ」と会社に直訴したとのことです。

これを聞いた他のタレントたちも追従し、吉本の芸人たちは同ホテルを使わなくなったといいます。大火災が発生したのは、まさにその数ヶ月後のことでした。
自分の直感を信じ、自腹を切ってでも環境を変えようと行動したことが、結果的に自分や周囲の仲間を未曾有の惨事から遠ざけることになったのですね。日々の生活の中で「なんとなく嫌だな」という感覚を無視しがちですが、命を守るためには、こうした動物的な直感を信じ抜く勇気も必要なのだと教えられます。
まとめ:幾多の危機を越えてたどり着いた「生きてるだけで丸儲け」の真意

JAL123便の墜落事故やホテルニュージャパンの火災など、普通なら一度でも遭遇すれば人生観が変わってしまうような出来事を、偶然と直感によって回避してきた明石家さんまさん。
幼い頃にお母様や弟さんを亡くされたという辛い過去を持つ彼は、こうした幾多の命拾いを経て「自分は生かされている」という思いをより一層強くしたに違いありません。
有名な座右の銘である「生きてるだけで丸儲け」という言葉には、単なる楽観主義を超えた、死と隣り合わせの経験から絞り出された圧倒的な重みがあります。
いつでもテレビの向こうで全力の笑顔を見せてくれるその姿の裏には、奇跡的に繋がれた命への深い感謝が息づいているのでしょう。私たちも日々の小さな悩みに立ち止まることなく、生きている喜びを噛み締めながら、前を向いて歩んでいきたいものですね。
おくやま管理人の「有為之おくやま」です。
記事をまとめながら、さんまさんの持つ「強運」と、その裏にある「生かされている」という深い感謝の念に、胸が熱くなりました!
普通なら一度経験するだけでも人生が変わってしまうような大惨事を、偶然と直感で二度も回避するなんて、やっぱり笑いの神様に守られているとしか思えませんよね。「生きてるだけで丸儲け」という言葉の本当の重みを噛み締めながら、これからもテレビの前で大笑いさせてもらいたいです!
最後まで読んでいただきありがとうございました。
☆おすすめ記事☆




