【えっ?】高市早苗は2回結婚!今の旦那も最初の夫?じゃんけんで決めた苗字と離婚理由

憲政史上初の女性総理大臣として日本政治史に名を刻んだ高市早苗首相。
その輝かしいキャリアと同様に、プライベートも非常に波乱に富んだドラマチックな展開を迎えています。

実は同じお相手と「結婚→離婚→再婚(2回結婚)」という異例の婚歴を持っており、政界でも大きな話題を呼びました。

最初の夫であり、今の旦那でもあるお相手は誰なのか。なぜ一度別々の道を歩み、再び手を取り合ったのか。そして、夫婦別姓反対を強く訴える彼女が、自身の戸籍上の名前を「じゃんけん」で決めていたという驚きのエピソードまで盛りだくさんです。

この記事では、高市早苗さんと夫・山本拓(髙市拓)さんの結婚や離婚理由、義理の子供たちとの関係など、気になる家族の形を詳しく解説していきます!

目次

高市早苗と今の旦那(山本拓)の基本プロフィール・年齢・学歴

まずは、お二人の基本的なプロフィールを比較してみましょう。

項目高市早苗山本拓(髙市拓)
生年1961年(奈良県出身)1952年(福井県鯖江市出身)
年齢差9歳年上
最終学歴神戸大学経営学部卒→松下政経塾法政大学文学部卒(1977年)
議員歴衆議院議員(1993年初当選)県議2期→衆院議員8期(1990年初当選)
婚歴(高市氏との関係)初婚再婚(高市氏との結婚前に婚歴あり)
子ども実子なし1男2女(前妻との間)
4人(義理の孫)4人

旦那の年齢は高市さんよりも9歳年上で、結婚当時、高市さんは初婚、山本さんは再婚という間柄でした。

いつ結婚?最初の出会いから「交際ゼロ日婚」までの軌跡

2003年の落選がつないだ運命の縁

お二人の馴れ初めは、2003年11月の第43回衆議院議員総選挙までさかのぼります。
当時、自民党の「森派」に所属していた高市さんはこの選挙で落選し、浪人生活に入りました。事務所の片付けや秘書の再就職先探しに追われる中、温かい電話をかけてきたのが、同じ派閥の先輩議員である山本拓さんでした。

「僕も落選経験があるので、落選直後の大変さは分かります。力になれることがあれば遠慮なく言ってください」

この言葉に救われ、高市さんの弟さんが山本さんの事務所へ秘書として移ったことをきっかけに、二人の距離は少しずつ縮まっていきます。高市さん自身のブログによると、最初の印象は「割と無愛想な人で、苦手な相手」だったそうですが、親身になって支えてくれる姿に触れ、印象が大きく変わっていったといいます。

「立候補します」政治家らしい電撃プロポーズ

馴れ初めからほどなくして、山本さんは大胆な行動に出ます。備品を引き取ってもらったお礼の電話をした際、突然こんな言葉を切り出しました。

「備品だけでなく、あなたも引き取らせてください」

さらに「調理師免許を持っているので、一生おいしいものを食べさせる」と電話で猛アピール。「結婚してください」ではなく「立候補します」「引き取らせてください」というユニークな言い回しは、いかにも政治家同士のプロポーズという感じがしますよね。

高市さんは「よく知らないのにやっていけるのか?」と戸惑いつつも、1週間後にOKの返事を出し、2004年9月に結婚。見事な「交際ゼロ日」でのスピード婚となりました。
この時、高市さんは山本姓を名乗り、戸籍上の名前は「山本早苗」に変わっています。

おしどり夫婦から一転。一度目の離婚理由とは?

結婚翌年の2005年、高市さんが衆院選で当選復帰を果たしたことで、夫婦そろって衆議院議員となります。
料理が苦手な高市さんに代わり、調理師免許を持つ山本さんが「台所は僕の城」と手料理を振る舞い、政調会長や総務大臣へとキャリアを重ねる妻を家庭面から献身的にサポートしていました。

しかし、2017年7月、お二人は突然の離婚発表を行います。
連名で出されたコメントには「私生活面では円満に楽しく過ごしてまいりましたが、互いの政治的スタンスの違いが大きく、それぞれに信念を貫いて政策活動に没頼したいという結論に至りました」と綴られていました。

先に離婚を切り出したのは山本さんからで、高市さんがアイロンをかけている時に突然「ずっと我慢してきた」と告げられたといいます。
高市さんが躍進する一方で山本さんが大臣職に就けなかったことや、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)を巡る農業政策の路線のズレなど、公私のバランスと政治的スタンスの違いが積み重なった結果の決断でした。

2021年に再婚!戸籍上の名前は「じゃんけん」で決定?

離婚歴がついたものの、お二人の縁が完全に切れることはありませんでした。選挙の際には応援に駆けつけるなど、人間としてのリスペクトはずっと持ち続けていたそうです。

そして大きな転機となったのが、高市さんが初めて出馬した2021年の自民党総裁選です。
この時、元夫である山本さんが早々に支持を表明し、全力でサポートに回りました。これがきっかけとなり、なんと2021年末に奇跡の再婚を果たします。

話題になったのが、再婚時の「苗字」の決め方です。
話し合いの結果、戸籍上の名前をどちらの姓にするかじゃんけんで決めることになり、勝負の結果「高市」に改姓することが決定。山本さんは「彼女は総理を目指す人だ。名前が変わるのは不都合だろう」と配慮し、自ら「髙市 拓(たかいち たく)」として戸籍に入ることを決断しました。

夫婦別姓反対のスタンスとのギャップ

高市首相といえば、選択的夫婦別姓制度に対して「『社会の秩序』や『家族の絆』を破壊する」と強く反対の姿勢を示してきた保守派の論客です。「旧姓の通称使用でほとんどの不便は解消される」と主張し続けています。

しかし、推進派からは「旧姓使用で困らないと言いながら、なぜ今の旦那さんが高市姓に変わったのか」と指摘の声も上がりました。本人は「公的活動での旧姓使用と、戸籍上の改姓は別問題」と整理していますが、国の制度を決める立場の政治家が自身の改姓を「じゃんけん」で決めたという事実は、今も様々な議論を呼んでいます。

連れ子(義理の子供)や孫から「おばあちゃん」と呼ばれる素顔

山本拓さんには前妻との間に1男2女のお子さんがおり、高市さんに実子はいません。そのため、3人は高市さんにとって連れ子(義理の子供)にあたります。

長男の山本建(たける)さんは福井県議会議員として活動中(2025年時点で年齢は41歳)。一時は衆議院議員総選挙への出馬も表明していましたが、党内からの世襲批判への懸念を受け、出馬を断念するという出来事もありました。長女と次女はすでに結婚し、一般家庭を築いています。

高市さんは46歳で義理の孫ができ、最初は「おばあちゃん」と呼ばれることに少しショックを受けたそうですが、今では4人の孫たちの存在が多忙な毎日の大きな癒やしになっています。
婦人科系の疾患で実子を持つことが叶わなかった過去を持つ高市さんですが、連れ子の3人を我が子のように大切にし、血縁にこだわらない自立した大人同士の温かい信頼関係を築き上げています。

現在の夫婦仲と「独り介護」の日々

2025年10月に第104代内閣総理大臣に就任した高市さん。山本さんは日本初の「ファースト・ジェントルマン」となり、「目立たない『ステルス旦那』としてしっかり支えていきたい」と語っていました。

しかし、2025年に入ってから山本さんが脳梗塞で倒れ、右半身不随になってしまいます。現在は東京・赤坂の議員宿舎で2人暮らしをしており、総理大臣としての激務をこなしながら、高市さんが独りで入浴補助などの家族介護を行っています。講演会でも「帰ってきたら、食べこぼしがいっぱいあって…」と苦労をにじませる場面がありました。

かつては手料理で妻を支えた夫を、今は妻が総理の立場で支えながら介護するという、互いを思いやる深い夫婦愛がそこにはあります。

まとめ:高市早苗と山本拓が示す「新しい家族の形」

「結婚→離婚→再婚」という波乱万丈な婚歴を辿ってきたお二人。

離婚という苦渋の決断は政治家としての信念の強さを表し、再婚という復縁は、肩書きや立場の違いを超えた人間同士の深い絆を証明してくれました。
じゃんけんで苗字を決めたエピソードや、連れ子・孫たちと築き上げた血の繋がりにこだわらない温かい関係性は、「家族とは何か」という大きな問いに対して、一つの素敵な答えを示してくれているように感じます。

日本のトップに立つ女性総理の背後には、互いを支え合い、困難を乗り越えてきた夫婦の強固な絆がありました。

おくやま

どうも、管理人の「有為之おくやま」です。
高市早苗さんと山本拓さんの再婚時の苗字の決め方について調べましたが…正直な本音を言わせてください。
「夫婦別姓に反対してる保守派のトップが、自分の苗字をじゃんけんで決めるってどういうこと!?」
いや、お互いを尊重した結果なんでしょうけど、大事な契約書のハンコを忘れて上司に土下座したこともある元営業マンのおじさんからすると、そのノリの軽すぎる決め方に思わずズッコケてしまいましたよ(汗)。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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