安室奈美恵さん(1977年9月20日生まれ)は、1990年代後半から数々の社会現象を巻き起こした平成の歌姫です。2018年の引退後も多くの人に愛され続けていますが、彼女の人生を語る上で欠かせないのが、元夫であるTRFのSAMさん(本名:丸山正温)との間に生まれた一人息子・温大(はると)くんの存在です。
離婚後、一度はSAMさんに渡った親権を、後に自ら申し立てて取り戻した出来事は、母としての強い覚悟を世間に印象付けました。今回は、息子の誕生から親権変更の経緯、そして彼女の母としての想いを振り返ります。
サムとの子供「はるとくん」の誕生!デキ婚で授かった一人息子

1997年10月22日、20歳の安室さんはSAMさん(当時35歳)との結婚を発表し、同時に妊娠3ヶ月であることを公表しました。世間をあっと言わせた「授かり婚(デキ婚)」を経て、翌1998年5月19日に長男の温大(はると)くんが誕生します。
名前に込められたのは「温かく大きな存在になってほしい」という両親の願いでした。出産後、安室さんは仕事に復帰し、多忙な日々を送るようになります。彼女の左腕に刻まれた「HARUTO」というタトゥーは、我が子への深い愛情を物語っています。
離婚時の異例な決断。なぜ親権はサムに渡ったのか?

結婚生活から約5年後の2002年7月10日、二人は「時間のすれ違い」を理由に離婚を発表します。
この時、実際の養育権は安室さんが持ちながらも、法律上の親権はSAMさんに渡るという異例の取り決めが行われました。その理由として、埼玉県の医師一家であるSAMさんの実家が「丸山」の名字を残すことを望んだためだと言われています。また、安室さん自身も息子の名字が変わることを気に掛けていたという報道もありました。
離婚後も二人は同じマンションの別フロアに住み、協力して子育てを行っていましたが、実質的な母親役は安室さんが担っていました。
家庭裁判所の調停へ。安室奈美恵が親権を取り戻すまでの経緯

息子が小学校に上がる頃(2004年から2005年頃)、状況に変化が訪れます。SAMさんがダンス講師やTRFの活動で多忙を極め、育児に時間を割くことが難しくなってきたのです。
そこで安室さんは「親権を返してほしい」と家庭裁判所に申し立てを行いました。2005年の調停の結果、SAMさんもこれに同意し、親権は正式に安室さんへ移行。息子の名字も「安室温大」へと変わりました。
一度父親に渡った親権を母親が取り戻すのは非常に珍しいケースです。彼女は息子をインターナショナルスクールへ通わせ、芸能界から遠ざけた静かな生活を守りながら、シングルマザーとしてトップスターの道を走り続けました。
息子への愛と「子供への歌」。左腕のタトゥーに込めた母の覚悟

安室さんは公の場で家族について多くを語りませんが、その姿勢からは我が子への真っ直ぐな想いが伝わってきます。
左腕に刻んだ「HARUTO」の文字は、彼を一生守り抜くという決意の表れです。また、2007年にリリースされたシングル「Just You and I」(ドラマ『母になる』主題歌)は、ファンの間で「子供への歌」として親しまれています。「星のない世界にたったひとつ真実を見つけたの 君の手に触れた日」という歌詞には、母が我が子に抱く無償の愛が重なります。
自身の複雑な生い立ちや実母との悲しい別れを経験した彼女にとって、親権を取り戻し「一人で立派に育て上げる」という決断は、絶対に譲れないものだったのでしょう。
まとめ:はるとくんの現在の年齢は?引退後も続く固い絆
1998年生まれの温大くんは、2026年4月現在、27歳(5月で28歳)を迎えています。
現在は一般人として生活しており、職業やプライベートに関する詳しい情報は一切明かされていません。安室さんが徹底して彼のプライバシーを守り抜いてきた証拠です。2018年のファイナルツアー台湾公演では親子で同行する姿も目撃されており、二人の関係は非常に良好です。また、親権が変わった後もSAMさんとの関係は円満に続いていると伝えられています。
親権を取り戻し、母として、そしてアーティストとして力強く生き抜いた安室奈美恵さんの姿は、今も多くの人々の心を打ち続けています。
おくやま管理人の「有為之おくやま」です。
記事をまとめながら、安室ちゃんの息子さんへの深い愛情と強さに改めて胸が熱くなりました!
平成のトップスターとして超多忙な日々を送りながら、自ら家庭裁判所に申し立てて親権を取り戻し、一人で立派に育て上げるなんて、並大抵の覚悟じゃできませんよね。引退された今も息子さんと良好な関係を築かれていると知り、一人の親として本当に尊敬します。これからも親子で穏やかな日々を過ごしてほしいですね!
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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