timeleszのリーダー格として、歌に演技にバラエティにと、八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍を見せる菊池風磨さん。その華々しいキャリアの裏には、実はファンも驚くほど複雑で、時には本人の戸惑いも伴うようなグループの変遷がありました。
今回は、2008年のジャニーズ事務所入所から、現在の「8人体制のtimelesz」に至るまでの歩みを、2026年現在の最新情報を踏まえて分かりやすくまとめました。
1. 原点は「B.I.Shadow」!デビュー発表からわずか3日の衝撃展開

菊池風磨さんの芸歴は、2008年4月27日、中学2年生(13歳)の時に入所したことからスタートします。入所後すぐに、中島健人さん、松村北斗さん、高地優吾さんと共に、ジュニア時代グループ「B.I.Shadow」を結成。オリジナル曲も持つなど、将来を期待される存在となります。
しかし、2009年6月、彼らを取り巻く環境は目まぐるしく動き始めます。
- 6月4日: 中山優馬さんを加えた「中山優馬 w/B.I.Shadow」として、待望のCDデビューが発表されます。
- 6月7日: そのわずか3日後、Hey! Say! JUMPの山田涼介さん、知念侑李さんと合体した新ユニット「NYC boys」の結成が発表されました。

デビューが決まった喜びもつかの間、わずか3日でさらに大きな枠組みへと組み込まれるという、まさに波乱の幕開け。この「NYC boys」として女子バレーボールのサポーターを務めるなど、菊池さんは異例のスピードで表舞台へと駆け上がっていきました。
2. 16歳でSexy Zoneデビュー!「嵐への憧れ」と当時の葛藤

その後、B.I.Shadowとしての活動が事実上の自然消滅となる中で、2011年9月29日に「Sexy Zone」の結成が発表されました。同年11月16日、菊池さんは16歳の高校2年生でデビュー。平均年齢14.4歳という史上最年少記録での華々しい船出でした。
しかし、この決定もまた本人の希望とは異なるものでした。B.I.Shadowという帰るべき場所を失い、「終わった」と絶望すら感じたという当時の心境は、今では有名なエピソードです。
菊池さんが本当に「入りたかったグループ」は、父・菊池常利さんが作詞を手がけた縁もある「嵐」でした。「嵐のようなグループになりたかった」という強い想いを抱えながらも、彼は与えられた場所でトップを目指す覚悟を決め、独自の立ち位置を築いていくことになります。
3. 中島健人の脱退と、新グループ名「timelesz」への進化

Sexy Zoneとして10年以上のキャリアを積み、2023年10月にはグループ名を「timelesz(タイムレス)」へと変更。大きな転換期を迎えます。2024年3月31日には、長年「ふまけん」として切磋琢磨してきた中島健人さんが卒業。4月1日からは菊池さん、佐藤勝利さん、松島聡さんの3人で再出発を切りました。
この改名や中島さんの卒業も、事務所の決定が大きく影響した変遷でしたが、菊池さんは年長者として前向きにこれを受け入れます。そして、グループの存続と飛躍のために、前代未聞の「新メンバーオーディション」を開催するという驚きの決断を下しました。
4. 2026年現在は8人体制!新メンバー加入で迎えた「第二の黄金期」

オーディションを経て、2025年2月には猪俣周杜さん、篠塚大輝さん、寺西拓人さん、橋本将生さん(一部報道では原嘉孝さんも)の加入が決定。現在のtimeleszは8人体制という、かつてない大所帯での活動を続けています。
初期のB.I.ShadowやNYC boys時代、そしてSexy Zoneという名前の変遷を振り返ると、常に「自分の意志とは裏腹の決定」が彼の芸歴を形作ってきたことが分かります。しかし、その一つ一つの変化を力に変え、どんな体制になっても「皆がグッとくる」ステージを作り上げる。その精神力こそが、今の菊池風磨さんの魅力の核心と言えるでしょう。
5. まとめ
前のグループ名であるB.I.Shadowから数えると、菊池風磨さんのグループ遍歴は非常に複雑で、変化の激しいものでした。しかし、13歳での入所から現在に至るまで、彼は一度も立ち止まることなく、グループの形が変わるたびに自身の輝きをアップデートし続けています。
2026年1月の主演ドラマも控え、8人となった新生timeleszとともに、彼はこれからも「風のように自由に、自分を磨きながら」新しい歴史を刻んでいくはずです。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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